「音楽を止めろ、悪魔が来るぞ」
公然とそう言われるようになったのは、
年の終わりに近づいたころである。
――2020年頃、地球上に突如飛来した黒夜隕鉄は、
世界の常識を塗りかえた。
黒夜隕鉄より生み出された『D2』は、
破壊と殺戮の限りをつくした。
対して、人類の用いる武器は
いかなる技術の粋が集められていたとしても、
微々たる効果しか見せない。
人類はただ、D2に蹂躙されるのを
受け入れるしかなかった。
多くの人命が失われていく最中、
わかったこともあった。
D2は音楽に引き寄せられることである。
音楽があるところにD2は出現する。
それが意味することに気づくまで、
そう時間を要さなかった。
音楽は希望だと抗う者もいた。
しかしD2は希望を根こそぎ奪っていってしまう。
やがて人々は決断を迫られた。
レコードは割られ、楽器は燃やされた。
炎は音楽を弔うかのように空を焦がした。
世界から音楽は失われていった。
それしか、手がなかった。
音楽が絶えた大地。
世界は休止してしまったかのように思われた。
……それが武器になると知るまでは。
《シンフォニカ》
人類の守護を目的とし、
極秘裏に作り上げられていた組織。
その最たる課題は、
目下人類の天敵であるD2の殲滅であった。
国家機構や軍隊がD2へと反撃を試み
無惨に砕かれていく最中、
シンフォニカは一つの回答を示す。
《ムジカート》
D2殲滅を成し得る、人型兵器の投入である。
楽譜を身に宿し、音楽に反応する
不思議な鉱石『ハルモニア鉱石』を用いて、
音楽を力に変えて戦う兵器。
彼女たちは、D2に対して有効な攻撃手段を有し、
撃退することを可能とした。
それはどのようにして作られたのかは、わからない。
わかっていることは音楽の力を用いて戦う。
それだけである。
音楽を止めた人類は、
皮肉にも音楽によって戦う手段を得た。
シンフォニカはムジカートを次々と生み出し、
反転攻勢に出た。
それだけではない。
人類の築き上げてきた文化は、
正しく彼らの武器となった。
《コンダクター》
楽団を率い、静謐な音楽堂にて
開演の棒を振り、旋律を導く者。
指揮の相手をムジカートに、舞台を戦場に変えて、
指揮者はいまだ音楽と共に在った。
《ムジカート》と《コンダクター》
音楽の体現者は、音楽を取り戻すために、
音楽を失った世界を駆ける。
楽譜と指揮者は戦場を駆ける。
――そして、2047年。
アメリカ大陸。
D2との戦いが終結したはずの、その大地で、
しかし、音楽はいまだ止まったままだった。
唯一、彼を除いては。